| atsushi's profileえるだま・・・世界の国から(MSN版)BlogLists | Help |
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February 25 グラナダ(スペイン)追加前にアルハンブラ宮殿を紹介しましたが、その追加ということでどうぞ。 (グラナダ周辺の普通の景色) ![]() (アルハンブラ宮殿) ![]() ![]() (アルハンブラ宮殿の入場口・・・私たちはチケットがないので入れません。汗) ![]() (アラビア人街) ![]() (グラナダ市街地) ![]() February 24 マルベージャ(スペイン)マルベージャはマラガから車で約1時間半離れたところにあります。実はこの場所に、前にシェフをやっていてくれたスリランカ人のラシブディーンがインド料理レストランをやっているのです。イラン人の奥様を持つ彼ですが、家族でイランを脱出してしまったのです。あれは2003年の出来事でしたから、丁度1年が経ったことになります。 1年間相当な苦労をしたようですが、ついにインド料理レストランを自分のものにするところまでに至っています。すごいですね、そのバイタリティ。もっとも25年前にイランを脱出した実業家の弟の力添えがあってのこと、単身ではこうはいかないでしょう。ラシブディーンは8月からオーナーになったので、今は最高に忙しい時期になってしまいました。 それでもラシブディーンは、我々のマラガ到着を心から喜んでくれました。到着の翌日には早速迎えに来てくれて、彼のアパートに2泊することになってしまいました。彼ら夫婦のベッドを我々が占拠しちゃうので大変だったと思いますが、それでも彼の歓迎の気持ちは変わりません。奥様もスペインではスカーフの習慣をすっかり忘れたかのように過ごしています。 ラシブディーンの住んでいる場所は、厳密にはマルベージャというよりは、サン・ペドロという地区になります。マラガから見たら少しジブラルタル寄りです。アパートから海まで徒歩で10分程度ですが、ここもやはりコスタ・デル・ソルです。我々が海を見たいと言ったときでも、子どもたちは海よりもプールがいいようでした。 マルベージャを拠点にすれば、ミハス、ロンダ、カサレス、ジブラルタル、マラガまでは便利です。グラナダまではちょっと遠くなります。グラナダ観光では、そこに一泊すれば問題はないでしょう。ともあれ、アルメリアからジブラルタルに至るまでの300kmもある長い海岸線をコスタ・デル・ソルと呼ぶ訳で、そのどこもが避暑地として存在しています。 我々がラシブディーンのアパートに滞在しているときに、彼の弟にも会えたのはラッキーでした。ラシブディーンはレストランに掛かりっきりなので、我々はそのレストランで昼食、夕食と本場のインドカレーをご馳走になりました。チキン、ラム、タンドーリチキン、どれもとても美味しかったです。料理はプロの料理長がいて、日本人の口にも合うようなインドカレーの味を出していました。 店にはアルコール類なら、日本酒以外どんな種類でも置いてありました。ラシブディーンの家に泊めてもらったり、レストランで食事をご馳走してもらったり、至れり尽くせりでした。元使用人と主人の関係ですが、こういう形で友情が続くというのはまた楽しいものです。 (マルベージャの海) ![]() ![]() (売家・・・日本から近ければ住んでもいいのですが) ![]() (ラシブディーンと) ![]() (ラシブディーンの子供たち) ![]() February 23 ジブラルタルとモロッコ(後編)フェリーの中で昼間からアルコールを飲んでいたせいか、船でパスポートコントロールを済ませるべきところを、そのことを全然知らなかったのでスタンプをもらうのに待たされて1時間も無駄にしてしまいました。ま、しょうがないなってところです。
その後モロッコに上陸したのはいいのですが、何も勉強して来なかったので、どうしていいのか出口も分からずウロウロしていると、現地のガイドがやって来ました。身分証明書を見せて自己PRをしてきました。様子を見ているとどうやら構内の人々とも顔見知りなので、彼に案内を頼むことにしました。 案内を頼んでおいて私たちが真っ先に言ったことは、「お腹が空いた」でした。ガイドは心当たりのレストランに案内してくれて、1時間後に来ると言って消えました。お店には観光客ばかりしかいませんでした。多分、相当高いお店なのでしょう。まぁ、これもしょうがないね。肝心の料理はと言うと、スープはなかなか美味しかったし、本場のクスクス料理も結構いけました。もちろん、アルコール類はありませんが、フェリーでしっかりと飲んでいたので問題はありません。 ガイドにはモロッコの産物なのでしょういろいろな店などを案内されたけど、イランからの私にはやはり目新しいものは特にありませんでした。街の観光は1時間くらいでお仕舞いにしました。絨毯だってペルシャのものの方がずっといいし、しょうがないですよね。アラブ人の街の雰囲気だけでも写真で味わってくださいな。 フェリーの時間がかかるので、結局英国領ジブラルタルには行く時間がなくなりました。ロープウエイがあるようだし、時間があれば楽しめるのですけどねぇ。 (タンジェール)
(タンジェール港)
(モロッコのレストラン)
(モロッコの町並み)
(モロッコのモスク)
![]() February 22 ジブラルタルとモロッコ(前編)私はマルベージャというところに滞在していました。ここからアルヘシラスまでは約2時間で行けます。長距離バスのターミナルを探すのが少し大変だったので、思い切ってタクシーで行くことにしました。2時間タクシーに乗って58ユーロと言いますから9000円程度でしょう。日本に比べたら安いですね。 最初はジブラルタルと行き先を言っていたのですが、やはりどうしてもアフリカ大陸のモロッコに行ってみたくなりました。となると行き先はフェリーの出ているアルヘシラスと言うことになります。ジブラルタル海峡はヨーロッパ大陸とアフリカ大陸を隔てる海峡の名前ですが、ジブラルタルという地名もあります。そこはヨーロッパ大陸側のスペインの国のように感じますが、実は英国領なのです。スペインは返還を求めているようですが、英国は手放そうとはしないようです。 面白いことに反対側のアフリカ大陸にはスペイン領のセウタというところがあります。私たちの目指したのは、モロッコのタンジェール(スペイン語ではタンヘ)です。知らなかったのですが、タンジェールまで、フェリーで約2時間かかりました。往復4時間だし、パスポート・コントロールもあるし、時間がかかります。 車で行かなければ、フェリーにはすんなりと乗れます。フェリーの内部は快適です。バー、カフェテリア、レストランなどが充実していて、時間を過ごすのには問題がありません。結局私たちは行きも帰りも飲んでばかりいました。 出航のときは少し曇っていたのが残念でした。ジブラルタルは帰りのお楽しみということになってしまいました。地中海の波は静かで快適な船旅です。やがてアフリカ側の陸地が見えてきましたが、アフリカ大陸は山のように見えました。行きの船では外に出られなかったので、ずっとバーで景色を見ながら飲んでいました。 (アルヘシラス) ![]() (ジブラルタル) ![]() (対岸のアフリカ・・・初めて見るアフリカ大陸です。) ![]() February 21 ベナルマデーナ(スペイン)ここはベナルマデーナ、知る人ぞ知るソスタ・デル・ソル(太陽の海岸)にある一大リーゾト地です。カジノあり、ナイトクラブありで、大変な歓楽街になっています。なぜか日本のガイドブックに案内がないのですが、新しいからでしょうか。今年の版のガイドブックには掲載されているかも知れませんけどね。
ここのカジノにはアラブの石油成金たちが現れるそうで、そのお金の使い方は半端じゃないそうです。こういう歓楽街では朝の4時くらいまで遊んでいるのが普通のようで、タクシーを拾うのが非常に大変でした。長蛇の列に並んでも全然タクシーが来ないので、少し歩いて町のメインストリートからやっと拾うことができました。 働いている女性たち、それこそ世界中から集まって来ているようでした。スペインという国はなんでもありの世界ですから、遊ぶのにはいいですね。昼間死んだように静かなのに夜になるとすごい活気です。もっとも8月のシーズンが終わると、静かになってしまうとのことでした。
![]() February 20 ミハス(スペイン)追加好評なので、さらに白い町ミハスの写真を追加しましょう。観光客目当てなのでしょう、驢馬がいっぱいいました。小さい町ですが、驢馬の馬車で一通り見て回るというのも悪くないでしょう。 私たちが観光した時間はまだお昼ごろだったのですが、バールにはお客さんがいっぱいです。この日は休日だったのでしょうけど、それにしてもさすがにラテン人です。飲みたいときが美味しいときということでしょう。 最後の二枚の写真は、景色のいい洒落たレストラン、そして別荘なのでしょう、プール付きで優雅ですね。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() February 19 ミハス(スペイン)ミハスという町に興味を持ったのは、ネットの友人から白い町だと聞いたのが最初です。この地方には白い町で有名な場所は他にもいろいろあるようです。カサレスが一番有名かも知れません。いろんな写真に登場しているそうです。でも今回は初心貫徹、ミハスに足を向けました。 ミハスという町は、山側と海側と二つあるようです。タクシーの運転手にどちらかと聞かれました。私は白い町で有名なミハスは山側であろうと推測して、そちらに向かうよう運転手に言いました。 ミハスに着いて思ったのですが、この街観光だけでもっているんじゃないかってことです。それほど観光客用の店や馬車などのサービスが至れり尽くせりなんです。冬などのオフシーズンでも観光客があるのでしょうか。 それにしても、ロバの多い街です。我々はもちろん名物のロバの馬車でぐるりと回ってみました。展望台にもなる公園、古い教会、眺めの良いレストラン、ホテルと1泊するのも悪くないでしょう。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() February 18 ロンダ(スペイン)追加断崖絶壁で二分された町ロンダを紹介しましたが、ロンダは岩山とオリーブ畑が続くアンダルシア地方の小さな町です。周辺の景色の写真を追加しました。 ロンダの町は断崖絶壁を境に、新市街地と旧市街地に分かれています。2枚ずつ写真を追加しました。 (アンダルシア地方の景色) ![]() ![]() (ロンダの新市街地) ![]() ![]() (ロンダの旧市街地) ![]() ![]() February 17 ロンダ(スペイン)実は、当初予定していた観光対象をすべて見終わって観光案内を読んでいると、そこで発見したのが、ロンダでした。地球の歩き方でもロンダは絶賛しています。ロンダは遺跡でも教会でもなく、村の地形そのものが魅力の対象なんです。深い断崖絶壁で切り離されたロンダの街を結ぶ3つの橋、上はフラットなので、なんとも奇妙な景観に見えます。 落差100m程度ですが、なかなか迫力があります。ベネズエラにあるテーブルマウンテンは、落差が1000mありますが、そこにこうやって都市を作ったら、もっとすごいでしょうね。ロンダは高地にあるのでとても涼しく快適です。こんな不便そうなところにあるロンダですが、街の成立は相当歴史があるようです。 ロンダは小さな町なので、一日時間をかけて徒歩で回ってみたいものです。我々は7時間滞在しましたが、下まで降りて橋を見上げる散歩コースはパスしてしまいました。ロンダの周辺には岩山が多く、それも素晴らしい景観を見せてくれます。途中のひまわり畑は全盛期を過ぎてしまっていて残念でしたが、6月頃ならさぞかし綺麗だったことでしょう。 ともあれ、アンダルシア地方の観光のチャンスがあったら、ロンダを忘れないでくださいね。ここは最大のお勧めです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() February 16 コスタ・デル・ソル(後編)(スペイン)港の東側にはマラゲタ・ビーチが広がっており、ここの雰囲気はいかにもコスタ・デル・ソルという感じでした。砂浜が白いと、もっと美しいのですが、この点が少し惜しいですね。我々が滞在したホテルはホテル・ラリオスと言いますが、旧市街地に立地する気の利いた4つ星ホテルです。タクシーの運転手の誰もがこのホテルを知っているのが助かりました。 このホテルを選んだのは、最上階にあるバーのせいで、街の眺望を楽しみながら、お酒を味わえるからでした。滞在中4回は行ったかなぁ・・・ 生ビールがグラス一杯で300円ですから、まぁ、リーズナブルでしょう。 旧市街地の西側に広がる地区には、ショッピング・モールがあったり、バス・ターミナルや鉄道の駅もあります。鉄道は一日に数本しかないなど少し不自由なので、やはり長距離バスが一番手ごろです。ショッピング・モールではさまざまな食材を購入しました。白いにんにく、生ハム、フォアグラ、イワシのオリーブオイル漬け、北欧のイクラなどなど。 パセオ・デル・パルケというのが大通りにあって、道路に沿った公園という感じです。ここには夕涼みでしょうか、大勢のスペイン人が集っていました。ショッピング・モールとホテルの丁度間に大きな中央市場がありましたが、中を覗くと、野菜、魚、肉などの店がたくさん並んでいました。 ピカソはマラガで生まれたそうで、ピカソの生家ではいくつかの作品を展示してあるそうです。私はバルセロナでピカソ美術館を見たので今回はパスしてしまいました。 私たちが好んで食事をした場所は、カテドラルの正面にあるバールの一つでした。タコもあったし、アロース・ネグロ(イカ墨のパエリヤ)もあったので2回も行ってしまいました。夜10時頃にはどのバールも席がないほど混雑しますから、我々のように9時頃には食事をしたい場合には空いていて好都合です。夜9時ではまだ明るいので、現地の人々には夕食という感じが出ないのでしょう。 (マラガ港の灯台) ![]() (マラガの海岸) ![]() ![]() ![]() (ラリオス通り) ![]() (ラリオス・ホテル) ![]() (カテドラル) ![]() ![]() February 15 コスタ・デル・ソル(前編)(スペイン)マラガはコスタ・デル・ソル(太陽の海岸)の中心都市で、外国からの飛行機が発着できる飛行場を持っています。それで今回のアンダルシア地方の旅の根拠地にしたのです。グラナダへ2時間、マルベージャに1時間、アルヘシラスまで3時間、コルドバまで2時間半、アンダルシア地方の見所が散在しているとも言えますね。 マラガそのものはあまり期待していなかったのですが、混雑しそうな日曜日をマラガ観光に当てたのは大正解だったようです。ホテルから歩いてすぐのところにカテドラルがあります。このカテドラル、まだ未完成だそうです。このカテドラルを抜けてすぐ近くにアルカサバと呼ばれるミニ・アルハンブラと言われる庭園と宮殿の一部が残されています。これらの建築はローマ時代の要塞の跡に建築されたそうです。 この施設を先に見ておかないと、本物のアルハンブラ宮殿を見た後では興醒めだろうと思い、アルハンブラ宮殿に先行して見ておくことにしたのでした。結局、アルハンブラ宮殿に入場できなくなったことから、ここを見ておいたのはその意味でも成功でした。 アルカサバのさらに奥には、14世紀のヒブラルファロ城の城壁が続いています。この城の頂上付近にレストランがあり、意外にも美味しいパスタを食べることができました。私たちはここで2時間、ゆっくりとアルコールと料理を味わったことは言うまでもないでしょう。ここで偶然にもアニス酒を発見したのも喜びでした。 ここからの眺めは、マラガの港、街、地中海、闘牛場などがパノラミックに展望できます。 (ビブラルファロ城入り口) ![]() (アルカサバ) ![]() (ビブラルファロ城) ![]() ![]() (マラガ湾) ![]() (闘牛場) ![]() February 14 アルハンブラ宮殿(後編)(スペイン)チケットがないとパルタル庭園にも入れず、「なるほどしっかりやっているわい」という気分になりました。入れないので仕方なく、ゆっくりと食事を取ることにして、公園の敷地内にあり、アルハンブラ宮殿の敷地と接しているパラドール・デ・グラナダという高級ホテルのレストランに入りました。日本人の新婚さんが1組食事をしていました。我々はそこで約2時間ほど高級料理を食べてワインを飲んで一休みしました。 さて、本題はこれからです。食事の会計を済ませ、ちょっと庭園を見て来ると言って、ホテルの周囲の庭園を見て回り、実は有料セクションへの侵入を意図していたのです。安全な場所はないかと探したら、ありましたありました、ちょっと落差はありますが、安全に降りられる場所を見つけたのです。アルハンブラ宮殿内部の写真というのはこうして撮影したものです。ホテルのウエイターも戻らない日本人二人には気がつかなかったことでしょう。 王宮の内部まで見れるかと思っていましたが、そこは厳重で一回出ると再入場を許さないという監視がついていました。さすがにそこまでは突破できませんでしたが、パルタル庭園のところまでは入れたのですから、まずは納得です。出るときはフリーですから、そ知らぬ顔をして出て行ったことは言うまでもないでしょう。 フランシスコ・タルレガの作曲によるクラシック・ギターの名曲の「アルハンブラ宮殿の想い出」ですが、ようやく実際のアルハンブラ宮殿を見ることができました。この曲はアルハンブラ宮殿に行った時の印象に基づいて作曲されたそうですが、直接「アルハンブラ宮殿」の印象を曲にしたものではないと言われています。 ともあれ作曲の動機となった「アルハンブラ宮殿」ですから、曲想を感じるヒントがないか考えるのは自然の行為でしょう。名曲「アルハンブラ宮殿の想い出」にはアラブの音階を感じることはありませんから、やはり宮殿の中にあるアラブの装飾などの印象とは無縁のものと考えた方が良さそうです。 私は「アルハンブラ宮殿の想い出」という曲が、コーダ付きの三部形式をとっていることから、最初の単調のパートでは、イスラム帝国の静かな発展期を感じ、中間部ではその最盛期を偲ばせるものがあるのではないか、また最初のパートの繰り返しでは発展期の回想を行い、そしてコーダでは静かな衰退にむかって行くというイメージを持ちます。 作曲者はそのような歴史的な印象を曲にしたのではないかも知れませんが、遥かな年数の中での栄枯盛衰を想うと、なにか名曲「アルハンブラ宮殿の想い出」に通じるものがあるような気がします。この曲は美しい旋律を持っていますが、それほど甘いロマンティックなものでないことからその印象を一層強く持つのだと思います。 曲の部分的なところからみると、特に最初のパートでは2小節ごとに転調する複雑な曲作りをしています。この部分ではローマ帝国、イスラム勢力の入れ替わりによる文化の渾然たる様相と考えてもいいかも知れません。また、中間部の華やかな部分は、イスラム勢力の築いた平和な全盛期のイメージかも知れません。 雄大な時間の流れを感じながら、この曲を演奏するというのは間違っているかも知れませんが、全体に淡々としていながらも栄華というクライマックスを中間部で歌わせるというのもいい趣向でしょう。トレモロによる演奏は宮殿内部の精緻な仕上げにぴったりかも知れません。 ![]() ![]() ![]() ![]() (アルハンブラ宮殿の遠景) ![]() ![]() February 13 アルハンブラ宮殿(前編)(スペイン)スペイン旅行は今回で3回目になります。これまでに首都のマドリッドとその隣の古都トレドに行ったのと昨年の冬にバルセロナに行っています。今回はスペイン南部のアンダルシア地方にターゲットを絞りました。もっとも、ジブラルタル海峡を渡ればアフリカ大陸にあるモロッコに行けますから、こちらも出来ればということで念頭に入れていました。 アンダルシア地方で一番有名なものは、グラナダにあるアルハンブラ宮殿でしょう。ここの訪問には予約が必要なんですが、着いた直後は人に会うこともあり、日程が決められないでいました。日程が決められる頃になって予約を申し込むと、なんと12日まで予約はいっぱいとのこと。11日までの滞在ですから、不可能ということになってしまいました。 アルハンブラ宮殿の内部の見学は諦めることにして、せめて外観だけでもとチケットなしでグラナダまで行くことにしました。早朝に行けば、チケットは買えるそうですが、8時でも長蛇の列ということで、マラガから2時間もかかるということもあるので、その上さんざん待たされた挙句、今日は売り切れですと言われたのでは泣いても泣ききれるものではありません。 今回のアンダルシア地方の旅では、私には個人的な悲劇があります。アンダルシア地方はアフリカ大陸に近いため、イスラム勢力に占領されていた時代が長くあり、そのせいで西欧人にとってもエキゾチックな味わいを持つ観光地になっているのです。東アジアからの観光客ではなおさらというものでしょう。しかし、私はイランに住んでいるし、ヨーロッパは何回も旅行しているので、もはやどちらの文化もそれほど新鮮ではないのです。もっと早くこの地を観光しておくのだったと思われて仕方がありませんでした。 週末を避けて、アルハンブラ観光を決行したのは月曜日でした。9時のバスはなぜか乗ることができず、9時45分のバスになってしまいました。どうせチケットがないのですからと気分を取り直しましたが、バスでグラナダに到着する頃にはもう12時になってしまっていました。スペインは夏時間を採用していて、EU諸国の中で一番西にあるのに同じ時間を使っていますから、日本の感覚では、2時間も早い時間に感じます。12時と言っても、まだ10時くらいの感じです。 タクシーが私たちを連れて行ってくれたところはチケット売り場のところでした。そこには300人もの人たちが長蛇の列を作っていました。全員が入れたとしても、2時間はかかりそうな気配です。我々はチケットを買うことを断念していましたから、早速行動開始です。まずは、チケット売り場が東の端にあるので、そこから北を回って外観を眺めることにしました。道は急な坂になっています。外から見るアルハンブラ宮殿は宮殿と言うよりも城砦という感じが強い建築物でした。 重厚なゲートのいくつかを見て、一番下まで下るとそこからは50m以上の高さのアルハンブラを仰ぎ見ることができます。ホテルがいくつかあり、小さな川が流れています。その周辺はアラブ人街と呼ばれているようです。半周してから再び、タクシーで通った道を登ります。宮殿のあるところは公園になっているので、公園には無料で入れるのです。かなりきつい坂ですが、緑が生い茂っているせいで、あまり暑くなく歩くことができました。 公園に入る門は二つあり、「裁きの門」と「車両の門」とがあります。我々は「裁きの門」から入りました。チケットがないと、「アルカサバ」、「王宮」などの内部に入れないだけです。アルハンブラの内部を見ないでアルハンブラ観光もないでしょうが、内部はアラビア風なので私たちにはそれほど新鮮なものではありません。 (アルハンブラ宮殿入り口) ![]() (アルハンブラ宮殿通路) ![]() (アルハンブラ宮殿外壁) ![]() (公園への入り口) ![]() |
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