atsushi's profileえるだま・・・世界の国から(MSN版)BlogLists Tools Help

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    November 04

    ミラノ旅行聖アンブロージョ教会

    ミラノにある古い教会です。4~8世紀に起源があるというのですから、相当古いものです。ミラノで最古の教会とありました。「ミサ」という言葉をはじめて使ったのもこの聖アンブロージョという聖職者だそうです。

    November 02

    ミラノ旅行ドゥオーモ

    ドゥオーモ(Duomo)はイタリア語で、イタリアでの町を代表する教会堂のことです。ですから、イタリアの町のあちこちに存在しています。大聖堂とも呼べるでしょう。ミラノのドゥオーモも立派な建築物です。

    ミラノ中心にあるドゥオーモ広場にあって、聖母マリアに献納されたものだそうです。1386年から1813年にかけて建築されたそうですから、大変な年月を要したものです。この立派なドゥオーモは、広さ、体積とも世界第二位だそうです。広さで一番は、バチカンにあるサン・ピエトロ大聖堂ですけどね。



    November 01

    イタリア(4)バチカン

    バチカン市国はイタリアではありません、ローマの中にある小さな国です。当然観光コースに入っていました。つい最近聖パウロ二世が逝去されたので、TVでさかんに報道されていましたね。

    そのバチカンにはサン・ピエトロ寺院があります。この教会の壮麗さは類を見ないもので、私は感動というよりも宗教に対する狂気に近いものを感じたものです。親子3代に渡って作り続けるモザイク模様なんてまったく想像を絶するエネルギーです。

    写真は、バチカン市国とサン・ピエトロ寺院です。



    October 31

    イタリア(3)ローマ・城壁

    ローマもパリと同じように城壁に囲まれた都市なんですね。目の当たりに城壁を見るまではまったく知りませんでした。私たちはその後ベネチアン・グラスのお土産屋さんに行きましたが、綺麗には綺麗なのですけど、いずれも高価でした。

    イタリアで困ったのはやはり言語でした。お昼に自由時間を得ても、自分たちだけでレストランに入るのはちょっと難しかったので、添乗員の女性と一緒に行くことにしました。一人5000円の予算でした。私たちは結局スパゲッティと近くのイタリア人のテーブルにあったものを指で差して注文する有様でした。(笑)

    スパゲッティは本場イタリアでは前菜だと聞いていましたが、実際その量の多さには驚かされました。昼食だからスパゲッティだけでも十分なんですけどね。

    実はこの頃はまだ私の味覚が発達していなかったのでしょう、ヨーロッパ旅行では食事が合わなくて辛かったのを思い出しました。今の時代なら日本国内でいろいろな料理の味に慣れることができるのでいいですね。その後私は南米などで生活をしたので、今ではヨーロッパの食事に問題を感じることはなくなりました。慣れということでしょうか。イランではいつまでたっても慣れませんけど。(笑)

    写真は、ローマの城壁とベネチアン・グラスのお店です。

    October 30

    イタリア(2)ローマ・遺跡

    ローマと言えば、ローマ時代の遺跡も有名です。フォロ・ロマーノ、コロッセオが代表的なものでしょうか。フォロ・ロマーノに到着して大地を踏みしめたとき、2000年も前にそこの地でローマ時代の人々が生きていたんだという実感を得て、ゾクゾクするような深い感動をしたものです。2000年という時の流れを感じたからでしょうか。

    フォロ・ロマーノの保存は大変よく、2000年も前の遺跡とは思えないほど生き生きしていたのを覚えています。歴史の重みを感じながら、自然と無口になったいたものです。

    コロッセオは天井部分が抜け落ちてしまっているので、当時のイメージとは大分違っていますが、それでも巨大な建造物です。

    写真にはありませんが、この他に映画「ベンハー」の撮影に使われたという闘技場と、ローマ時代のお墓である「カタコンベ」を観光しました。地下に作られたカタコンベは時代が古いだけに、お墓というイメージから来る怖いという感じは大分薄れていました。

    写真は、フォロ・ロマーノとコロッセオです。


    October 28

    イタリア(1)ローマ・スペイン広場

    20年前以上になりますが、フランス、スペインを経てローマに行ったときの話です。マドリッドからローマまではイベリア航空だったのですが、搭乗したら直ぐに機体に異常が判明、他の飛行機に乗り換えるというハプニングがありました。結果的にはちょっと予定が遅れただけで何でもありませんでしたけどね。

    マドリッドで触れませんでしたけど、一緒に旅行に行った義弟が、これまで水を飲んであたったことなんかないと豪語して水道水を飲んでしまったんです。ところが、見事に水にあたってしまい、旅行の後半は彼にとって辛い旅行になってしまいました。元気になったのは帰国の飛行機の中でしたから、旅先では不用意に水道水など飲まないことですね。

    ローマには2泊でしたからひたすら観光地を見て回りました。ローマと言えば、「ローマの休日」に出てきた「スペイン広場」と「トレビの泉」でしょうか。ミーハー気分で観光です。観光客用なのでしょう、馬車が走っていました。

    ところでどうしてローマにスペイン広場なのでしょうか。調べてみると案の定、本当の名前ではありませんでした。17世紀にスペインの大使館があったからそれで通称ができたようです。妙な地名というのはだいたいそうしたものでしょう。

    トレビの泉では硬貨を泉に投げ入れるのですが、そこで投げ方について解説がありました。泉を背にして、後ろ向きに投げ入れるそうです。しかもそのときに右手で投げるなら左肩の上から投げるのだそうです。泉は大きいですからそれでも外すことはないでしょう。

    写真は、スペイン広場、トレビの泉、馬車です。



    October 14

    ベルリン西側(ドイツ)

    ベルリンの西側は、現代的な建築ばかりで新鮮味はありませんでした。その中に「戦争モニュメント」があったのが印象的でした。まるで広島の原爆ドームのようなモニュメントです。



    October 13

    ベルリン東側(ドイツ)

    ベルリンに着くやいなや、私はタクシーの運転手に「ベルリンの壁をみたいのですが」と言いました。すると、タクシーの運転手は笑って、「ベルリンの壁はもうありません、米国が持って行ったので米国に行けば見られるでしょう」と答えました。私は、ベルリンの壁の欠片くらいあるんじゃないかと思ったのですが、ベルリンを移動中にそれを見ることはありませんでした。ベルリン市民は、嫌悪すべきものとして完全に見えなくしてしまったのでしょうか。

    私が到着した飛行場は西ベルリン側にあったので、西ベルリン側には目新しいものはそれほどありませんでしたが、ブランデンブルグ門から東ベルリン側に入ると、そこに見えたものはいかにも東欧というような高級感のある建物でした。戦前からあった建物だと思います。見かけは立派なのですが、現在のオフィスとして使用するには不便だとドイツ人に聞きました。それにしても、ロシアはベルリンの立派な方を占領してしまったんですねぇ。

    October 12

    ミュンヘンから白鳥城へ(ドイツ)

    出張中でしたが、週末に有名なノイシュヴァンシュタイン城を見に行くことができました。突然の思いつきだったのでタクシーを利用したので少し割高でした。それでもせっかくの機会を逃したくないという一心で決断したのでした。

    (途中にあった古い教会)

    (教会では演奏会があったらしく、ちゃっかり記念撮影してしまいました。)

    (ドイツですからビールを飲まないとね。)

    (これがノイシュヴァンシュタイン城)

    (参考)ノイシュヴァンシュタイン城
    October 11

    ボンの町並み(ドイツ)

    ボンって西ドイツのときに首都だったところですね。小さな町ですが、 「ベートーベンの生家」があります。


    (広場にあった八百屋さん)
    October 10

    ケルンの大聖堂(ドイツ)

    ケルンにあるドイツ最大のゴシック様式の大聖堂です。1248年に着工、完成は1880年といいますが、いまだに完成していないという話もあるようです。157mもの高さがあるそうです。回り階段で塔の上部まで登れるのですが、結構大変でした。



    October 09

    フランクフルト(ドイツ)

    ドイツには3回くらい行っていますが、出張だったので休日以外にはあまり観光はしていません。その際に撮影した写真を順にアップして行きますね。

    (フランクフルト市街地)


    (ライン川沿い)


    August 02

    フランス(6)フォアグラとチーズ

    仕事のある平日はパリジェンヌのアパートに泊めていただきました。石作りのような建物ですが、床が木製で、ミシミシ
    音を立てることに驚きました。そういうアパートですが、スペイン人のお手伝いさんがいました。パリジェンヌの日常生活
    を覗けたことは楽しかったです。

    夜になると出掛けました。ノートルダム寺院の近くのセーヌ川にボートが浮かんでいて、そこがバーになっているのです。
    10時頃でしょうか、フランス人たちが集まってアルコールや会話を楽しんでいます。私はフランス人に囲まれていたので、
    彼らは最初こそ英語で相手してくれていましたが、やがて彼らがフランス語で話を始めたので退屈してしまいました。
    言葉が分からないとつまらないものです(苦笑)

    出張中ですが週末があったので、フランス人の同僚の両親の住む郊外に出掛けて、週末の昼食に参加させていただき
    ました。前菜のフォアグラや料理を楽しんだ後、デザートに登場したチーズの盛り合わせ中に非常に臭いものがあり、
    私はその臭いにたまらず、部屋から飛び出したくらいです。鼻をつまんでも食べるのが難しかったですね。フランス人の
    同僚は臭いなど気にせず、美味しいと言って食べていました。

    フランス料理というと気取った感じがありますが、フランス人の日常の食卓は決してそんなものではありません。ワイン
    やらアブサンを楽しみながら、あまりマナーなど気にせず気楽に食事を楽しめました。^^

    たまたまヴェルサイユ宮殿が近くにあったので行ってみましたが、庭園を歩いて楽しめたものの、肝心の宮殿の方は
    時間が遅かったので入ることはできませんでした。

    パリ郊外のマーケット

    フォアグラ

    ヴェルサイユ宮殿の庭


    ヴェルサイユ宮殿

    August 01

    フランス(5)エスカルゴ

    2回目のフランス旅行は2000年でした。前回から18年振りのフランスです。この旅行は観光ではなくて出張だったので
    週末を楽しんだだけですが、フランス人の同僚(女性ですぅ)と一緒だったのでラッキーでした。

    仕事では英語を使わなければならなかったのですが、政府高官はちゃんと英語で話をしてくれました。それでも英語を
    話したがらない雰囲気はあるんです。私が思うに彼らはプライドで話さないのではなくて、英語の発音のせいで話し
    にくいように思えました。実際フランス人は英語が苦手だと言います。

    予定の行動が終わった後、フランス人の同僚は買い物があるということだったので一旦別行動をとることにしました。
    私はその間特にやることもないので、手軽なセーヌ川のボートツアーを楽しむことにしました。幸いツアーではフランス語
    と英語と両方の説明があり助かりました。観光案内はさすがに英語でもやってくれます。

    別な日の昼食の時、いよいよ私の楽しみにしていたエスカルゴを食べることにしました。フランス人の同僚は私をパリの
    有名なエスカルゴ専門店に連れて行ってくれると言ってくれたのです。そして、到着するとこともあろうにそのレストランの
    写真を撮っているのです。どうしてかと聞くと、母親がお店のファンで写真がほしいと頼まれたと言うのです。

    それを聞いた私は、「ははぁ、このレストランはフランス人でも簡単には来られないお店なのかぁ」と思いました。つまり、
    これでメニューの値段の覚悟ができたということです。そして案の定、エスカルゴ料理を二品と白ワインを注文しただけで
    3万円が飛んで行きました。(苦笑)

    パリジェンヌのアパートの中庭

    セーヌ川ボートツアー

    エスカルゴ専門店
    July 31

    フランス(4)お城巡りツアー

    パリには3泊だったので1日はフリータイムになりました。私と義弟はロワール川のお城巡りのツアーに参加しました。
    パリを離れて、本当のフランスの姿を見られるというのも興味津々でした。パリは大都会過ぎますから、とてもフランス
    全体を感じることはできないでしょう。

    まだ暗い早朝からツアーバスは出発しました。パリ郊外に出ると、そこはもう農業国フランスの素顔が見てきます。
    広い畑が延々と続いています。

    最初のお城に着くまで3時間くらいかかったでしょうか、かなりの時間を走ったと思います。ブロワ城が最初のお城でした
    が、私の頭にあったお城のイメージとはかなり違っていました。つまり、ロワール川沿いにあるお城は戦争のためでは
    なくて王族や貴族たちの別荘という趣が強かったのです。実際、シュベルニー城、シャンボール城などは開放的で穏やかな
    雰囲気を持っています。

    シュノンソーというお城が一番お城らしくて綺麗でした。そしてこういう綺麗なお城には血塗られた話がつきもののようで、
    その説明を聞かされました。このオプショナル・ツアーにはいろいろな外国人が参加しているので、フランス語、英語、
    日本語と説明が入りますが、バスの中では日本語で説明のある頃には、対象物がとっくに過ぎ去っていました。(苦笑)

    このロワール川お城巡りツアーが終わったのは午後8時くらい、もうすっかり暗くなっていました。

    (ブロワ城)

    (ブロア城周辺)

    (シュヴェルニー城)

    (シャンボール城)

    (シュノンソー城)

    July 30

    フランス(3)パリの夜

    パリの夜は楽しいことがいっぱいです。キャバレーで有名なのはリドとムーランルージュです。リドはシャンゼリゼに
    面したところにあって洗練された雰囲気というのでこちらに行くことにしました。夕食の後、入場したら席は後ろの方
    でした。ディナーショーでないといい席が得られないようです。

    席に着くと、よく冷えた発泡性の強いシャンパンがサービスされました。ショーの開幕です。ダンサーたちはとてもスタ
    イルがよくトップレスでした。お客さんたちは当時の日本のキャバレーと違って、デートで来ているカップルも多く見かけ
    ました。

    今はもう日本のキャバレーは閉鎖されてしまいましたが、こういうダンスショーみたいなものがなくなったことは寂しい
    ものです。日本人の習慣、感性に合わないのでしょうね。今の日本は居酒屋とカラオケ・スナックの一色という感じ
    すらします。

    ダンスショーが終わる頃はもう12時でした。早寝の日本人にはちょっと辛いショータイムだったようです。義弟は
    ショーの途中から居眠りをしていました。あー、もったいない。

    今回の稿には写真がありません。夜のエンターテイメントでしたから、ま、しょうがないですね。代わりにパリの市内
    観光の残りの写真をアップしておきます。

    (エッフェル塔)

    (オベリスク)

    (噴水)
    July 29

    フランス(2)パリ市内観光

    この旅行もツアーだったので、観光地に団体で移動しました。ルーブル美術館、ノートルダム寺院、サクレクール寺院、ナポレオンの墓などを見て回りました。そして、用もない免税店に連れて行かれるので少々嫌気が差していました。私は免税店を出てチュイルリ公園を散歩したりして時間を潰していました。海外旅行2回目にして団体ツアーの窮屈さに辟易し始めていたようです。

    南ヨーロッパの国々はあまり英語を話さないと聞いていました。実際英語で話しをしても取り合ってくれません。しょうがないから、ガイドブックで仕込んだ俄かフランス語を使うしかありません。シルブープレ、メルシーくらいしか覚えていませんけどね。そのときは必死で数字まで覚えようとしたような・・・ なにしろ俄か仕込みですから、忘れるのも早いようです。

    今思うに、クリスマスだというのによくレストランが開いていたものです。ヨーロッパの国々では休日はしっかり取るので、ホテルくらいしかやっていないはずなんですけど、このときはレストランで食事ができました。旅行代理店が確保していたのでしょう。

    昼食に入ったレストランではまだガラガラだったのですが、なぜか隅の方のテーブルに案内されたことを覚えています。多分、日本人の食事中の音が気になるのでしょう。それでも、生まれて初めて食べたエスカルゴは美味しかったですよ。

    (ルーブル美術館・・・この写真は、2000年に来訪したときのものです。)

    (ノートルダム寺院)

    (サクレクール寺院)

    (ナポレオンの墓)
    July 28

    フランス(1)パリのクリスマス

    最初の海外旅行の次に行ったのが南ヨーロッパでした。実はタヒチに行きたかったのですが、義弟がヨーロッパなら付き合うというので方向転換したのでした。タヒチ・イースター島旅行のチャンスはそれ以来めぐって来ていません。トホホ

    ともあれ、ヨーロッパにも行ったことがなかったので、これはこれとして興味津々でした。実は家内は学生の頃にヨーロッパに行っているので、私も是非行っておきたいところでした。それにちゃんと地図帳のとおりにヨーロッパがあるのかどうか確認もしたかったしね。(笑)

    最初の国はフランスでした。パリに3泊です。着いた日は丁度クリスマスイブでした。なお、フランスには2回ほど行っているので、まず20年も前に行った時のことを書いておきたいと思います。このシリーズの後半は数年前に行った時のことです。

    凱旋門、そしてシャンゼリゼの写真からアップしていますが、この電飾はクリスマスのためでしょう。白い電球だけで飾られていますが、それがお洒落に見えました。この年は暖冬だったようで真冬にもかかわらずコートなしで過ごせるくらいの気温でした。そして、天気が悪いことで有名なヨーロッパですが、幸いに旅行中は天気に恵まれました。

    宿泊したホテルはアメリカンタイプの高層ビルでした。その壁面に大きなクリスマスツリーの電飾が施されていました。同じホテルに宿泊している日本人の中に高校生の団体があり、これには驚きました。日本の高校で修学旅行にヨーロッパというのがあるんですね。どこかの私学なのでしょうが、すごいものです。

    (凱旋門)

    (シャンゼリゼ)

     


    May 06

    ベネルクス三国の人々

    ベネルクス三国の人々の様子です。3月下旬だというのに、まだまだ冬のようなベネルクス三国でした。

    (アムステルダム)

     



    (ルクセンブルグ)

     

    (ブリュッセル)

     

    (マウデン)

    (ユトレヒト)

    (ライデン)
    May 05

    ライデン(3月23日)オランダ

    ライデンについても予備知識がないまま臨んだのですが、一見して古い歴史のある町であることが分かります。実際16世紀までは、ライデンはフローレンスと並ぶ織物の中心地だったそうです。その後は英国の発展で衰退してしまったようです。

    市街地を見ると、教会や大学などの古い建築物が目立ちます。16~17世紀頃の建築物のようです。調べてみると、ラテン学校は15世紀に創立されています。言語学が発達していたようで、言語学者のヨセフス・ユスタス・スカリゲルが比較言語学の基礎を築いたそうです。

    (ハルテブルグ教会)

    (水上レストラン)

    (ライデン市街地)

    (コーレン橋)

    (ラーペンブルグ大学)

    (ホーフランツ教会)