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11 gennaio

★お知らせ★

こちらでのバックアップを止め、全面的にexblogの方に集中します。
 
こちらにお越しくださった方々に厚くお礼申し上げます。
 
 
 
 
 
05 gennaio

500円の駐車料金をケチる(日本)

ブログのネタが切れたので、久し振りに千葉市の花の美術館に行くことにしました。家から車で30分程度のところですから、それほど遠くないのですが、駐車料金に500円が必要になります。違法駐車はしたくありませんから、今回は車を使わずに行ってみることにしました。

家内は千葉市で働いているので、朝7時半に出勤に合わせて千葉市まで出ました。そこからは歩けばいいや、いい運動になるし、花の美術館の開館は10時頃だろうから、途中で写真でも撮りながらのんびり行こうと考えたのでした。家内と息子たちの話では、JR駅で隣ということだったので、たいした距離ではないだろうと思ったのです。(←これって間違いでした。(汗))

家内の車を降りて、ポートタワーの見える千葉港方面に歩いて、それから工業地帯を抜けて、稲毛地区に向かいました。花の美術館は東京湾の近くにあるので、JRだと京葉線の駅が近いことになります。ところが、この京葉線、私のところからだとうまくつながっていないのです。総武線なら直通ですが、京葉線は千葉駅に入っていないので、一旦蘇我まで行って乗り換えるというようなことをしないといけないのです。

工業団地を抜けるのに約一時間歩きました。こりゃぁ計算と違ったなぁと考えても後の祭りです。工業団地だから、撮影するような場所もありません。タクシーを使ったりしたら駐車料金の節約なんて意味がなくなってしまいます。まぁ、急ぐ訳じゃないし、そもそも開館までにはずい分時間があります。この段階で9時頃でした。

工業団地を抜けると、東京湾に出るまでかなり距離がありました。こりゃぁ3駅分の距離だぁって感じです。歩くこと1時間10分、私は相当速く歩くので多分8kmは歩いたものと思われます。目指す花の美術館の場所は大体分かっていたので、無駄な回り道をせずに到着できました。もっとも、途中でジョギングをしているおじさんに花の美術館の場所を聞いて、位置の確認はしましたけどね。もしも、反対方向に歩いたら大変ですからねぇ。

花の美術館は、冬という季節にも拘わらず豊富な種類の花が見られ、まずは満足です。花の写真はおいおいご紹介していきますね。今回は、500円をケチったお話ですから、その話を続けましょう。

いよいよ帰ろうと、受付の女性に、
「どうやって帰ったらいいのでしょうか?」
と訊いたら、キョトンとしていました。どうも、私が認知症のおやじと思われたようです。
「千葉駅とか稲毛駅とかに行く方法なんですけど・・・」
「ああ、それならあそこにバスの時刻表があります」
どうやら認知症にはされずに済んだようです。(苦笑)

さんざん歩いたので、稲毛駅までさらに歩くのはちょっと辛いところでした。バス亭に行ってバスを待っていると、注意書きに1月4日は週末の運行に従うとあるではありませんか。
「え!?1月4日火曜日木曜日って平日じゃないのぉ・・・」
時刻表を見ると、既に2分が過ぎていました。次のバスは、平日なら10分間隔なのですが、なんと40分後です。(汗)

「あーあ、40分も待っていられないよ、しょうがない稲毛駅まで歩くとするかなぁ・・・」
稲毛駅までは、京葉線の稲毛海岸駅、京成の駅を通り越してからです。多分30分くらい歩かないといけないでしょう。

歩き始めると、次のバス亭にバスを待っている人が数人いました。ということは、これからバスが来るってことかぁ・・・と私もそこで待つことにしました。すると1分もしないでバスがやって来ました。むむむ、これって、バスが数分遅れたみたい。

ところで、浦島太郎の私のこと、日本のバスに乗るのは、なんと14年振りです。乗り方が分かりませんでした。先払いと書いてあったので、100円硬貨を二枚手に持っていたのですが、それをどうしたらいいのか・・・(汗)

運転手さんに「どうしたらいいの?」って訊くと、怪訝そうな表情で(またまた認知症だと思われたかも・・・)、「そこに入れて」とプラスチックの箱を指したのです。「うーん、お釣りはどうなるんだろ?ま、いっか」なんて考えながらお金を入れると、お釣りが別なところから出て来ました。

千円の両替機は別にありましたが、500円硬貨でも今回の投入口に入れられそうです。もっとお釣りの心配をしないといけなくなりますけど・・・ (笑) 昔は、100円硬貨を両替して、料金を払ったものなんですけど・・・時代が変わっていました。(汗)

ということで、無事に稲毛駅に到着し、JR総武線で自宅まで戻りました。バス代160円、電車代230円、合計390円です。なんと、500円の駐車料金をケチっても110円しか節約できなかったことになります。何をやっているんだか・・・

でもね、自動車を使えば、500円の駐車料金とガソリン代270円くらいかな、合計770円です。歩いたことにより、380円の節約ができたと考えてもいいようです。もしも、最初から電車、バスを乗り継いでいると、230円+160円+160円+230円=780円かかります。なんか変ですねぇ。

ともあれ、排気ガスで地球を汚さずに済んだし、運動もできましたが、なんだか納得できない結果です。こんなことなら、駐車料金が、1,000円だったらいいのかなぁ。(笑)
27 dicembre

エスカンダル・ケバブ(イスタンブール)

トルコのケバブは、イランのケバブとは大分違うようです。イランのものは子羊の串焼きというのが一般的ですが、トルコのものはドネル・ケバブを代表に、いろいろあるようです。今回は、一番豪華と言われるエスカンダル・ケバブを試してみました。エスカンダルというのは、英語ではアレクサンダーということになりますから、大王の名前を冠したケバブということですね。

トルコのレストランでは、ワインやビールなどアルコール類をいただけるのが嬉しいですね。イランでは不可能ですから・・・

(グラスワインを注文したら、こんなに大きなグラスが!)

(ボトル一本を飲んだ訳ではありませんよ。あ、このときが一番太っているみたい。笑)

(これがエスカンダル・ケバブです・・・美味しかったですよ)

(トルコ珈琲)
26 dicembre

マルマラ海(イスタンブール)

イスタンブールの南側にはマルマラ海があり、北側には黒海があります。それらを結んでいるのがボスフォラス海峡ということでした。今回はマルマラ海の様子をご紹介しましょう。

海水浴を楽しんでいる人々の様子は、男女別々の海水浴場が設定されているイランとはずい分違います。マルマラ海を見ているとイスラム教の国とは感じないかも知れません。

(さすがに女性のビキニ姿はありませんけどね)


(水はあまりきれいとは言えないようで・・・)

(コンドミニアムだと思います)
25 dicembre

街並みと人々(イスタンブール)

イランに4年間も住んでいた私には、イスタンブールの街並みは東欧の雰囲気でした。文字に記号がついているので西ヨーロッパの国ではないと分かりますが、中東で見慣れたアラビア文字はほとんど見かけることはありませんでした。

女性もスカーフをつけていないし、第一印象ではイスラム教の国というものではありませんでした。もっともトルコは政教分離、世俗的イスラム教ということで、イランに比較すればかなり近代化したイスラム教なのでしょう。田舎に行けば違った姿が見られるでしょうが、国際都市のせいでしょうか、イスタンブールの雰囲気はほとんどヨーロッパというように感じました。



(スカーフをつけた女性もいました)

24 dicembre

ボスフォラス海峡(イスタンブール)

歴史的な建築物もいいのですが、私は海峡や山などを見ることが楽しみです。ボスフォラス海峡は、黒海とマルマラ海とをつなぐ大河のような海峡です。私にとって海峡で印象に残っているものはマラッカ海峡とジブラルタル海峡かな。ドーバー海峡は、残念ながらまだ見ていません。

壮大なスケールと歴史を感じさせてくれるのが魅力でしょうか。マラッカ海峡は、対岸が見えるかもと期待しましたが、予想は外れてしまいました。ボスフォラス海峡は、大河のようなものですから、しっかりと対岸が見えました。

そして、最大の感動というのは、この海峡がヨーロッパとアジアとの境目であるということでしょうか。二つの大きく異なる世界の境目にいると思うと、不思議な気分になります。世界が小さく思えるというか、自分がこういうところまで来たんだという気持ちかな。



(アジア側からヨーロッパ側を見る)


23 dicembre

観光地周辺(イスタンブール)

ここで一旦観光地案内をお休みして、周辺の様子をお伝えしておきますね。今のトルコらしい雰囲気も見ておかないとね。

(ちょっと目立った建物)

(市電)

(お土産店)

(近くの公園)

(歴史のありそうな建造物)

(ボスフォラス海峡)
22 dicembre

アヤソフィア聖堂上層階(イスタンブール)

今回は、アヤソフィア聖堂の上層階の紹介です。まさに「東西文明の十字路」という形容を目の当たりにすることができます。

(上層階の内装)

(マルマラ海が見えます)

(聖母マリアに抱かれたキリスト)


(出口にある壁画)

(手足を洗う施設じゃないかな・・・ すいません、調べてありません)
21 dicembre

アヤソフィア聖堂(イスタンブール)

今回は、アヤソフィア聖堂の建築としての紹介です。現在は博物館として公開されていますが、昔は特定の人たちしか中に入れなかったそうです。

イスタンブール自体が「東西文明の十字路」と形容されるようですが、このアヤソフィア聖堂を見ているとまさにその感じがします。キリスト教関係のもの、イスラム装飾、ビザンチン建築と興味深いものです。キリスト教関係のモザイク装飾が壊されずに、そのまま残されているというおおらかさはトルコならではということなのでしょう。

(アヤソフィア聖堂の入り口・・・左側に入ります)

(アヤソフィア聖堂の内部)

(アラビア文字の装飾が不釣合いに見えました)

(大きな水瓶・・・だったと思います)
20 dicembre

アヤソフィア聖堂周辺(イスタンブール)

ブルーモスクの後はアヤソフィア聖堂です。この建造物は大変古く、4世紀に端を発し、何回か焼失した後、6世紀に再建されたものだそうです。この建物は大変興味深いものなので、何回かに分けてアップして行きますね。今回は、アヤソフィア聖堂の周辺の写真です。

(まずは、アヤソフィア聖堂の外観です)

(意味不明の施設・・・調べないと分かりません。ごめんなさい)

(トルコ人は気さくです・・・ 写真のためにポーズをとってくれました)

(周辺の路地も雰囲気があります)

(アヤソフィア聖堂のミナレット(尖塔)・・・写真では小さく見えるけど、大きいですよ)
19 dicembre

ブルーモスク(イスタンブール)

イスタンブールにあるブル-モスク、正式名称はスルタンアフメット・モスクといいますが、内部の壁が青いということでブルーモスクという愛称で呼ばれているそうです。私には、少しも青く見えなかったのですが、どこのことを言っているのでしょうねぇ。

モスクとしては珍しく6本のミナレット(尖塔)を持っています。建造されたのは、17世紀のオスマン朝の時代のようです。


(ブルーモスクの内部)


(ブルーモスクの遠景)
04 novembre

ミラノ旅行聖アンブロージョ教会

ミラノにある古い教会です。4~8世紀に起源があるというのですから、相当古いものです。ミラノで最古の教会とありました。「ミサ」という言葉をはじめて使ったのもこの聖アンブロージョという聖職者だそうです。

02 novembre

ミラノ旅行ドゥオーモ

ドゥオーモ(Duomo)はイタリア語で、イタリアでの町を代表する教会堂のことです。ですから、イタリアの町のあちこちに存在しています。大聖堂とも呼べるでしょう。ミラノのドゥオーモも立派な建築物です。

ミラノ中心にあるドゥオーモ広場にあって、聖母マリアに献納されたものだそうです。1386年から1813年にかけて建築されたそうですから、大変な年月を要したものです。この立派なドゥオーモは、広さ、体積とも世界第二位だそうです。広さで一番は、バチカンにあるサン・ピエトロ大聖堂ですけどね。



01 novembre

イタリア(4)バチカン

バチカン市国はイタリアではありません、ローマの中にある小さな国です。当然観光コースに入っていました。つい最近聖パウロ二世が逝去されたので、TVでさかんに報道されていましたね。

そのバチカンにはサン・ピエトロ寺院があります。この教会の壮麗さは類を見ないもので、私は感動というよりも宗教に対する狂気に近いものを感じたものです。親子3代に渡って作り続けるモザイク模様なんてまったく想像を絶するエネルギーです。

写真は、バチカン市国とサン・ピエトロ寺院です。



31 ottobre

イタリア(3)ローマ・城壁

ローマもパリと同じように城壁に囲まれた都市なんですね。目の当たりに城壁を見るまではまったく知りませんでした。私たちはその後ベネチアン・グラスのお土産屋さんに行きましたが、綺麗には綺麗なのですけど、いずれも高価でした。

イタリアで困ったのはやはり言語でした。お昼に自由時間を得ても、自分たちだけでレストランに入るのはちょっと難しかったので、添乗員の女性と一緒に行くことにしました。一人5000円の予算でした。私たちは結局スパゲッティと近くのイタリア人のテーブルにあったものを指で差して注文する有様でした。(笑)

スパゲッティは本場イタリアでは前菜だと聞いていましたが、実際その量の多さには驚かされました。昼食だからスパゲッティだけでも十分なんですけどね。

実はこの頃はまだ私の味覚が発達していなかったのでしょう、ヨーロッパ旅行では食事が合わなくて辛かったのを思い出しました。今の時代なら日本国内でいろいろな料理の味に慣れることができるのでいいですね。その後私は南米などで生活をしたので、今ではヨーロッパの食事に問題を感じることはなくなりました。慣れということでしょうか。イランではいつまでたっても慣れませんけど。(笑)

写真は、ローマの城壁とベネチアン・グラスのお店です。

30 ottobre

イタリア(2)ローマ・遺跡

ローマと言えば、ローマ時代の遺跡も有名です。フォロ・ロマーノ、コロッセオが代表的なものでしょうか。フォロ・ロマーノに到着して大地を踏みしめたとき、2000年も前にそこの地でローマ時代の人々が生きていたんだという実感を得て、ゾクゾクするような深い感動をしたものです。2000年という時の流れを感じたからでしょうか。

フォロ・ロマーノの保存は大変よく、2000年も前の遺跡とは思えないほど生き生きしていたのを覚えています。歴史の重みを感じながら、自然と無口になったいたものです。

コロッセオは天井部分が抜け落ちてしまっているので、当時のイメージとは大分違っていますが、それでも巨大な建造物です。

写真にはありませんが、この他に映画「ベンハー」の撮影に使われたという闘技場と、ローマ時代のお墓である「カタコンベ」を観光しました。地下に作られたカタコンベは時代が古いだけに、お墓というイメージから来る怖いという感じは大分薄れていました。

写真は、フォロ・ロマーノとコロッセオです。


28 ottobre

イタリア(1)ローマ・スペイン広場

20年前以上になりますが、フランス、スペインを経てローマに行ったときの話です。マドリッドからローマまではイベリア航空だったのですが、搭乗したら直ぐに機体に異常が判明、他の飛行機に乗り換えるというハプニングがありました。結果的にはちょっと予定が遅れただけで何でもありませんでしたけどね。

マドリッドで触れませんでしたけど、一緒に旅行に行った義弟が、これまで水を飲んであたったことなんかないと豪語して水道水を飲んでしまったんです。ところが、見事に水にあたってしまい、旅行の後半は彼にとって辛い旅行になってしまいました。元気になったのは帰国の飛行機の中でしたから、旅先では不用意に水道水など飲まないことですね。

ローマには2泊でしたからひたすら観光地を見て回りました。ローマと言えば、「ローマの休日」に出てきた「スペイン広場」と「トレビの泉」でしょうか。ミーハー気分で観光です。観光客用なのでしょう、馬車が走っていました。

ところでどうしてローマにスペイン広場なのでしょうか。調べてみると案の定、本当の名前ではありませんでした。17世紀にスペインの大使館があったからそれで通称ができたようです。妙な地名というのはだいたいそうしたものでしょう。

トレビの泉では硬貨を泉に投げ入れるのですが、そこで投げ方について解説がありました。泉を背にして、後ろ向きに投げ入れるそうです。しかもそのときに右手で投げるなら左肩の上から投げるのだそうです。泉は大きいですからそれでも外すことはないでしょう。

写真は、スペイン広場、トレビの泉、馬車です。



26 ottobre

九郷(中国)

雲南省最後の観光地は九郷(チューシアン)でした。九郷には大きな洞窟があります。残念ながら中はあまりにも暗かったので写真はありません。

九郷の観光の後、再び雲南料理をいただきました。この頃になると少し中国料理に飽きてきて、バンコクに戻っていろいろな国の料理を食べたくなりました。
25 ottobre

田舎でも大気汚染(中国)

中国の大気汚染のひどさは有名ですが、雲南省の田舎でも大気汚染がみられました。川沿いにある2、3個の工場からの排煙が周囲に広がっていました。見えるし、臭うしでまったく対策を講じていない排煙です。

24 ottobre

農村部(中国)

北京、上海などではお金持ち層の出現が目立っていますが、農村部ではまだまだ貧しい暮らしをしているようです。日本より格差社会が広がっているのでしょう。大きな社会問題だと思います。